各国の中央金庫の長所を取り入れた——1896年に刊行された『工業雑誌』は、「日本銀行の新築 建築の由来」でそう書いている。地上の部分はベルギー国立銀行、地下の金庫はアメリカの大蔵省金庫、そして全体には地震国イタリアの建築を参考にした、と。設計の参照先が、国ごとに分けて挙げられている(貨幣博物館テーマ展の解説シート)。

日本銀行本店の建物の歴史を、三つの日付でたどる。1890年9月、1896年2月29日、1925年。着工、完成、焼けたあとの復旧である。

1882年10月、永代橋際の手狭な店

開業は1882年10月10日。場所は永代橋際、旧北海道開拓使物産売捌所の建物だった。店舗は手狭で、東京の中心地からも離れていた。新築移転の方針が決まったのは、その翌年である。選ばれた日本橋本石町の周辺には金融機関が集まり、常磐橋の向こうには官庁街があった。開業からの制度の動きは日本銀行の歴史を三つの日付でたどった記事で整理している。

1890年9月、撮影日入りの工事写真

設計を担ったのは辰野金吾。本館の工事は1890年9月に始まった。日本銀行金融研究所には『日本銀行新築場沿革図』が残り、1890年9月26日から1896年1月までの工事の様子が、撮影日とともに収められている。六年近い工期が、一枚ずつ日付の付いた画像として残された。

木の足場に囲まれた建設中の石と煉瓦の建物と、工事現場の片隅に据えられた三脚付きの写真機

1896年2月29日、石と煉瓦の三階建て

構造は、石積みの内側に煉瓦を積む方式。地上3階、地下1階。外壁は地階と1階に花崗岩、2階と3階に安山岩を用い、ドームと古典様式の柱や装飾を配した。展示図録の記載では、延床面積は約11,400平方メートル、総工費は西分館などを含めて約120万円。

完成は1896年2月29日。引渡しが3月10日、落成式が3月22日、日本橋の新店舗への移転が4月10日。文化庁の指定記録では建築面積2,684.6平方メートル、重要文化財の指定日は1974年2月5日となっている。

1923年9月、ドームが焼けた

その日、建物の身に何が起きていたのか。関東大震災で、本館は地震による倒壊を免れた。一方で火災によってドームや一部の階が焼損している。復旧の設計は長野宇平治。工事は1925年に始まり、1926年に終わった。焼けた輪郭が、もう一度ドームの形に戻されたことになる。

1929年から2019年、継ぎ足された部分

建物はそこで止まっていない。増築の方針が決まったのは1927年、着工が1929年、完成が1938年。本館に接続する建物が足された。さらに本館の耐震補強工事は2016年10月に始まり、2019年6月末に予定どおり完了したと公表されている(日本銀行の発表資料)。

三つの日付がつながる場所

現在の本店は、旧館(本館・2号館・3号館)、新館、分館から成る。本館は震災後に一部が改造されたが、外観や一階の大部分には創建時の形態が残るとされる。1890年の着工、1896年の完成、1925年の復旧は、別々の出来事として並んでいるのではなく、同じ石積みの上に積み重なっている。

常磐橋の側から見上げる。下の二層は花崗岩、その上は安山岩。材の違う境目が、建物を横に一本走っている。てっぺんのドームは、焼けたあとに戻された形だ。朝の光が、石の目地のくぼみに細く落ちている。