「2019.4.9 表・渋沢栄一、裏・東京駅」。図書館の閲覧席で、取材ノートの新しいページにそう書いた。その下に「2024.7.3 発行」。さらに下に「1840〜1931」。三行を並べてみると、一枚のお札の話が、ひとつの発表日と、ひとつの発行日と、一人の実業家の生涯に分かれて見えた。

新しい一万円札の肖像は渋沢栄一である。なぜこの人物が選ばれたのか。ノートの三行を、それぞれ元の発表と照らし合わせながらたどっていく。現役の記者だったころ、取材ノートの日付を取り違え、訂正を出したことがある。それ以来、手で書き写した日付は、発表文と突き合わせるまで原稿に使わない。

2019年4月9日、財務省の発表

2019年4月9日、財務省は新しい日本銀行券と五百円貨幣の発行を発表した。一万円券の表面は渋沢栄一、裏面は東京駅丸の内駅舎。発行時期は2024年度上期を目途とされた。寸法は縦76mm、横160mm。高精細すき入れと、3D画像が回転するストライプ型ホログラムの導入も、このとき示されている。

発表文は、渋沢栄一の足跡を短くまとめている。第一国立銀行、東京株式取引所、東京商法会議所など、約500の企業の設立等に関わったこと。教育、社会事業、民間外交にも尽力したこと。発表の段階で人物紹介の前面に出ていたのは、関わった企業の数と、活動の幅の広さだった。

1840年から1931年、銀行と取引所と社会事業

ノートの三行目、1840〜1931は生没年である。渋沢栄一記念財団は、渋沢栄一が約500の企業の育成に関わり、約600の社会公共事業や民間外交にも力を尽くしたと紹介している。

関わった組織の名前を並べると、仕事の性格が浮かび上がる。銀行、取引所、商法会議所。一つの会社を大きく育てるというより、多くの会社が動くための枠組みをつくる仕事が並んでいる。少なくとも、ノートに書き写しながら、そう読めた。

活動は国内の企業にとどまらなかった。1909年には渡米実業団を率いている。関東大震災の後には、救済と復興にも尽力した。財団は、実業界、社会公共事業、民間外交のそれぞれで指導的役割を果たし、日本の近代経済社会の基礎を築いた人物として位置づけている。

2024年7月3日、発行の日

2024年7月3日、日本銀行は新しい日本銀行券の発行を始めた。発行初日に世の中へ送り出す予定とされた新紙幣は、1兆6千億円。

政府広報オンラインによると、改刷は約20年ぶりで、目的は偽造対策の強化とユニバーサルデザインの向上である。3Dホログラムと高精細すき入れに加え、触って識別できる識別マーク、従来より大きな額面数字が採用された。国立印刷局の基本情報でも、F一万円券の表面は渋沢栄一、裏面は東京駅丸の内駅舎、発行開始日は2024年7月3日と記されている。

ノートの一行目と二行目のあいだには、5年あまりの時間がある。発表された肖像が、財布に入る一枚の紙幣になるまでの時間である。

1840年と2024年をつなぐ、肖像の条件

書き写した日付を、年の順に並べ直すと次のようになる。

ノートの三行と、余白の一行
年月日 出来事 書き添えたこと
1840〜1931年 渋沢栄一の生没年 約500の企業、約600の社会公共事業や民間外交
1914年 東京駅丸の内駅舎が竣工 丸の内本屋は2003年に重要文化財
2019年4月9日 財務省が新一万円券の図柄を発表 発行は2024年度上期を目途
2024年7月3日 新一万円札の発行開始 約20年ぶりの改刷

では、なぜ渋沢栄一だったのか。財務省の公式FAQは、新しい紙幣の肖像となった人物について、各分野で傑出した業績を残し、新たな産業の育成などを通じて日本の近代化をリードしたと説明している。

同じFAQは、近年の肖像選定で考慮される点も挙げている。偽造防止のために精密な写真を入手できること。品格のある肖像であること。人物と業績が国民に広く知られ、認められていること。

ここで、ノートの三行目と二行目が結びつく。約500の企業と約600の社会公共事業という足跡は、業績が広く知られ、認められているという条件に重なる。一方、偽造対策の強化を目的の一つに掲げた改刷であれば、精密な写真という条件にも重みが出る。肖像は人物への評価だけでなく、紙幣という道具の性格からも選ばれている。そう読むことができる。

1914年、裏面の赤レンガ駅舎

裏面の東京駅丸の内駅舎は、辰野金吾が設計し、1914年に竣工した。赤レンガ駅舎として親しまれた明治・大正期を代表する建築物で、丸の内本屋は2003年に国の重要文化財に指定されている。裏面の図柄は、新しい時代に引き継ぐ日本の歴史・伝統・文化などを踏まえ、券種の色味やイメージに合うものが選ばれるという。

1914年の行は、ノートの余白に後から書き足した。表に近代化をリードした実業家、裏に明治・大正期を代表する駅舎。一枚の表と裏に、近い時代の記憶が置かれていると見ることもできる。

1840年から2024年まで、一枚の紙幣に残るもの

一万円札の肖像を「よく知られた人物だから」の一言で片づけると、見えなくなるものがある。業績への評価と、偽造を防ぐための精密な写真や品格といった条件。その両方が重なった場所に、渋沢栄一の名前があった。

この一枚から受け取れるのは、選ばれた理由を一つに縮めず、人物の側と紙幣という道具の側の両方から読むという見方である。財布の中の一万円札も、表と裏、発表と発行の日付を重ねてみると、少し違う顔を見せる。